夢の ミシノン王国

現在、自分のHP「笑王院」を このブログに吸収中です。
そのため 古い記事を大量にUPしてます。
ミシノン王国に 今日も 日が昇る
たまには昇らない。更新率・低めのブログです

2010/03 兵庫・京都・滋賀

01・『丁度良い時間』

うちから羽田空港までは かなり遠い。
「遠い」というか 面倒なんだ。

電車で行くには、
高根木戸→新津田沼→津田沼→東京→浜松町→羽田空港・・・
私が駅で右往左往する時間を含めると 2時間かかる。

もう一方の移動方法に「空港行き高速バス」がある。
これなら、津田沼のバスターミナルから、空港まで一直線。
料金は電車に比べれば少しだけ高いが 速いし、ラクである。

でも、1時間に1本しか出ていない。
「ちょっと時間が合わないんだよなぁ・・・」

バスに乗れば 移動はラクだけど、
飛行機の出発時間の約1時間30分前に着いてしまう。
時間をもてあましてしまう。

はてさて どうしよう・・・?
前日の夜になってから決めた。
「バスで行こう!」と。

3月20日、朝8時25分に家を出て、
8時35分の新京成に乗り、約10分で新津田沼に到着し、
歩いて津田沼駅(バスターミナルがある)に行った。

9時になり、空港行き高速バスが来て、
運転手さんは 最初に 大きな声で こういう事を言った。
『今日は 高速道 も 一般道も かなり渋滞しています。
 空港まで 1時間半か 場合によっては2時間かかります。
 飛行機に乗り遅れても その補償は しません。
 バスに乗ったら途中で降りることはできません。
  それらの事を了承できる人だけ乗って下さい』

私よりも早く来ていて並んでた人達、10人ぐらい、
運転手さんの言葉を聞き、
トランクケースを引き摺りながら、去っていった。

私も 電車で行こうと思い、階段を半分 登ったが、
「所要時間が1時間30分なら、余裕で間に合う。
 最大 遅れても、2時間なら ギリギリ間に合う。」
そう考えて やっぱりバスに乗ることにした。

結局、バスは 途中 渋滞に遭いながらも、1時間半で 空港に到着。

この時 10時30分だから、
11時25分の飛行機に乗る私には 丁度良い時間だった。





バスの中
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羽田空港
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ろくな写真が無いので 私には思い出深い「たこフェリー」の内部
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02・『翼の上』

飛行機に縁遠かった私も、
去年・一昨年、飛行機に乗る機会が10回ぐらいあったので、
チケットの予約・座席指定・そして搭乗に かなり馴れてきました。

旅行の予約は そりゃぁ早めに完了しておいたほうが いい。

でも、飛行機の場合は、
「希望する便」「希望する座席」が取れなくても、
慌てることなく、ギリギリまで粘ることも、
選択の一つである。

注・「早割」の設定がある便は とにかく早めに予約したほうがいい。

私は飛行機は『窓際』の席が好きです。
できれば、窓際に座りたい。

3月20日・搭乗ぶんのチケットは、
3月11日に予約しました。

が、その時、座席指定をしようと思っても、
窓際の席が 全く あいていない。

座席指定も、家のパソコンのインターネットで指定できます。
それ以降、毎日、JALのサイトをチェックして、
窓際の席を探しましたが 全く ない。

・・・今回の旅行は 窓際の席は 取れないかも・・・
まぁ、仕方がない、
そう思ってたら、旅行の前日、夜中に座席をチェックしたら、
窓際の席が ポカ~ンと 一個 あいていたので、
すぐに そこを予約した。

これにて、旅行の最大の懸念だった、
「飛行機の窓際の席の確保」を完了。

晴れ晴れしい気持ちで 旅行の日を迎えた。

でも・・・「窓際の席だ♪」と喜んでいたら、
席は 思いっ切り 翼の上。

窓から見える景色は 飛行機の翼が大部分を占める。

それでも 窓際の席で良かった。

体を大きく捻って、窓に顔を付けるぐらいにして、
富士山を拝んだ。





翼の上
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コーヒー
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ろくな写真が無いので 南京町の写真
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03・『非常事態発生』

伊丹空港に 予定より30分近く遅れて到着後、
一路、神戸の中華街・南京町を目指す。

今回、時間の都合上、
あまり長く 南京町に居座ることはできない。

「美味しそうな物を見つけたら すぐ食べる!」
と思ってたけど、
やはり そう うまくはいかず、
南京町のハジまで歩いて 様子を見てから また戻って食べた。

1番目・唐揚げ(200円)
 串に刺さってる唐揚げ。
 『唐』の文字が付いてるぐらいだから、
  中華街で食べる唐揚げは美味しかろう。・・・普通の味だったけど。

2番目・油条(200円)
 「あげぱん」と別名表記がある。
 去年 食べた油条は 外はガリガリ・中もガリガリだったが、
 今年 食べた油条は 普通の「大きく長い 揚げパン」だった。

意気込んで食べ始めたわけだが ここで 非常事態発生。

当日は 朝早くに家を出て 午後3時頃まで、何も食べず、
移動の緊張で気が張り詰め、歯を食いしばってるような生活だった。
そんなところに、急に
長さ20センチの揚げパンをガブガブガブガブ喰ったもんだから、
アゴ 疲れちゃった。 お腹も かなり膨れた。

これはヤバイ。緊急事態だ。
まだ 2品しか食べていない。
まだまだ 食べたい物は いっぱいある。

頭の中で これからの行動を考える・・・
「何をするべきか?(何を食べるべきか?)」

『とりあえず ラーメンを食べよう!』 そう思い、
名前からして美味しそうで、まだ私が食べたことのない麺類を注文した。

3番目・刀削麺(600円)
 麺の生地の塊を 刀で削り落とした ぶっとい麺の料理。
 ただ・・・これは ラーメンじゃないネ。
 麺は ぐにゅぐにゅと柔らかいので「すいとん」のような感じ。
 スープも中華スープではなく、辛味スープだったので、
 私が期待してた味とは かなり違ってた。

刀削麺を食べた後、すぐに、向かいの店に行き、ラーメンを喰う。

4番目・チャーシューメン(300円)
 チャーシューメンと言っても 薄いチャーシュー×2です。
 南京町では 店の外で食べるラーメンは 300円が相場のようで、
 値段も安く、容器も小さいのですが、
 麺の量は ギッチリ入ってます。

気合いを入れて南京町に行ったものの、
4品 食べたら もうお腹いっぱいです。

それでも満足。
これにて「南京町・食べまくりノ巻」終了です。




油条
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刀削麺
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カニ おいしそう
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04・『明石海峡クルージング』

南京町を後にして 明石へ向かう。

この区間のJRの電車は 海の間際を走っている。
線路の右側は 山 、 左側は 海 と、
見える景色が見事に分かれている。

私は何も考えずに空いてる席に座って、山側を見ていた。

立ってたグループが海の様子を見て、
「すごい波。 こんなの見たこと無い。」などと話していた。

私も ちょこっと体をひねって見てみれば、
すごく風が強いのだろう・・・かなりの白波が立っている。

まぁ、これは いつものこと。
私が明石に来る時は、いつも強風。こんな事には馴れている。

明石駅を降りれば強風。
フェリー乗り場へ向かっていくほど 風は強くなっていく。

フェリー乗り場の前の交差点の前の橋の辺りでは、
「体が持ってかれるほど」の風だった。

歩くのは困難だし、何か 飛んでくる。
微少の砂利が飛んでくるのか、バチバチ 体に当たってきて 痛い。

フェリー乗り場に行き、新しくできた『遊覧きっぷ』を買う。
これは、ホントに その名の通り、遊覧する為の切符。

前から、人間だけの乗船もOKだったけど、
遊覧きっぷは 更にオトクで、大人620円で、
明石←→淡路島の岩屋を往復できる。
(岩屋で降りることは できない)
明石海峡クルージングには もってコイの切符である。

いつもは日が暮れてからフェリーに乗ることが多いので、
まだ日があるうちのクルージングは、なかなか気分がいい。

と言っても、天気が悪いし、すごい強風。
霧のようになった波飛沫が いっぱい かかった。

それでも 私は たこフェリーが好きだ。

この日、もう一回 乗りたかったが 
次の予定があるので、次の場所へ向かう。

(注・現在は たこフェリーは 廃止されています)




たこフェリー
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他の船も行き来する
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大橋をくぐるのが最大の見せ場 (だった)
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05・『ジェノバ 速攻!』

「たこフェリー」を降りたあと、すぐさま、
『明石ジェノバライン』の乗り場に行った。

今回の旅行では、
「たこフェリー」の時刻表と「ジェノバライン」の時刻表を
調べて、プリントアウトしておいた。
その為、あまり待つことなくジェノバラインに乗れた。

18時20分のに乗り、岩屋到着は18時35分。

この日は強風の為、発着便数が かなり減らされていた。
帰りの船便は 19時20分、岩屋発。

1時間に満たない時間だが、目一杯 遊ぶつもりだった。

いや。「遊ぶ」より、何か 喰っておこう♪
どうせ、今日の晩メシをどこかで食べないといけない。

私が降り立った岩屋港には、
「岩屋ポートビル」という、駅ビルみたいなのがある。
毎年の旅行で、毎回 立ち寄ってる場所なので 懐かしく感じる場所。

今年から、ビル内の観光案内所が無くなったらしい。
ちょっと寂しい。

ビルの2階は 飲食店が入ってるが、
何年も私は そこに行ってない。

上に行ってみると 一軒だけ営業してる店があった。
ドアが あけっぴろげで 入り易かったので、声をかけて入って、
チャーハンと明石焼きを注文した。

テーブル席から 夜の明石海峡大橋の姿がよく見える。
チャーハンを食べてて思い出した。
「あぁ。この店、10年ぐらい前に入ったことがある」
そして
「さっき、4時頃まで 南京町で満腹になるまで 食べてたこと」を。

満腹と、早く食べ終えて明石海峡大橋の夜景が見たい気持ちのせいで、
明石焼きは 味わって食べれなかった。 ゴメンよ。

全てを食べ終えて、店の外に出た。
この時の時間は 19時05分頃。

時間ギリギリでも あわてないように、
先に船の乗船券を買っておいてから、ビルの外に出た。

毎年 見てる明石海峡大橋が 今年も見れて良かった。
すごく短い時間だったけど、満足している。





ジェノバライン
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岩屋ポートビル付近から見た明石海峡大橋
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船と大橋
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06・『怪しいヤツがいる』

2010年 3月20日、
夜の公園の中、
通路の脇に 長時間 うずくまってるヤツがいる。

それは私。
私のことを他の人から見た姿だ。

「たこフェリー」→「ジェノバライン」を乗った後、
明石駅の真ん前にある明石城に行った。

『門があいてたら、中をちょっと見ていこう』と、
明石城のある明石公園に行った。

門は 通行フリーのようで、
薄暗い公園を自由に行き来できる。

明るい時間の公園も良いが、
ライトアップされた夜の明石城も なかなかいい。

上手く写真を撮るには、スローシャッターが必須。

花壇などにある、花壇を仕切る為の、
半円形のアーチ型の鉄の柵(高さ30㎝ぐらい)があったので、
そこにカメラを押し当てて カメラがブレないようにして、
写真を撮ってた。

夜の公園は 近道なのか、自転車で通り抜ける人がチラホラいた。

『私…怪しまれてるんだろうな…』そう思った。

でも、私は旅行者。明石城が見たかった。
ライトアップされた明石城の写真が撮りたかった。

夜の明石公園に私が居た時間は30分ぐらい。
それでも、私は満足だ。





明石の商店街
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明石城
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明石城の櫓(やぐら)
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07・『舞子ビラ というホテル』

「明石海峡大橋」は、明石海峡に懸かってる橋だから、
 そういう名前が付いてるわけで、
明石海峡大橋の最寄り駅は「明石」ではなく『舞子』である。

夜8時40分頃に JR舞子駅に到着。
私が泊まるホテルは 駅から徒歩7分だそうなので、
ちょっと歩くので ホテル近辺の地図をプリントアウトしておいた。

が、私の泊まるホテル「シーサイドホテル舞子ビラ神戸」は、
かなり大きくて、
結婚式や発表会が開かれるような、
地元では存在価値が高いホテルのようで、
駅の通路には、『←舞子ビラ 直進』『↑舞子ビラ 右折』などの
案内表示が 至る所に してあった。

普段、安いビジネスホテルに泊まってる私には、
ちょっと高級なホテルだった。

チェックインの時、
「ツインルーム・山側ですね」と言われた。

このホテルは、明石海峡大橋に一番近いホテル。
できれば、海側に泊まりたかったが、
「近畿日本ツーリスト」のサイトで予約した時は、
どちら側の部屋だか分からずに ここまで来た。

ちょっとガッカリしたけど、
後から考えれば、「それは それで 良かった」と思う。
明石海峡大橋が見えない側の部屋で良かった。

もし、見える側の部屋だったら、私が はしゃぎ過ぎて、
夜も眠れず、夜中に何度も大橋の姿を見てたかも知れない。

夜12時頃に寝て 朝7時に起きた。
朝食はバイキング。

バイキングは かなり豪勢。

飲み物だけでも コーヒー各種・紅茶・お茶・ジュース・・・
キャラメルマキアートなんてのもあったし、
ヤクルトみたいな小さな容器の乳酸菌飲料もあった。
ファミレスのドリンクバーより充実している。

食べ物も、「どれを食べようか?」と悩んでしまうぐらいに、
美味しそうな物が いっぱい並んでいる。
ハードタイプのベーコン(日干しみたいに ちょっと固いベーコン)が
特に美味しかった。

バイキングの皿の上に、
近隣の名産の食べ物コーナーがあった。

「明石の天ぷら(←サツマアゲのような 魚の練り物)」
「神戸の ぼっかけ(牛スジ肉の煮込み)」
 なんて物があった。

美味しかった。
これから兵庫県を去る私に ピッタリの食べ物だった。

これで 気持ちよく 次の目的地・滋賀に向かえる。




駅の改札を出たら 地面に書いてあった
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大きいホテルだった
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あ。リムジンが停まってる
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08・『ODNフォーラムのチカラ』

私がインターネットをやるようになったのは、
西暦2000年を過ぎてからである。
プロバイダはODNに加入した。

ODNのコミュニケーションサービスに
『ODNフォーラム』というのがあった。

ここに参加することによって、
私は インターネットの楽しさを知った。

ODNフォーラムは、何年も前に閉鎖されたが、
それを全く真似した作りの掲示板があるので、
2年前から、
その「私設・ODNフォーラム」に書き込みするようになった。

今回の春の3連休の旅行は、
滋賀で友人に会い、
私にとっては未知の土地・滋賀を観光する。

「友人」ってのは、その時までは「まだ会ったこともない人」。
この人も かつて ODNフォーラムの参加者だったし、
現在、私設ODNフォーラムで 書き込みしてる人。

『いつか会いましょう』ってことをたまに言い合ってて、
 トントン拍子で話が進んで、今回 会うことになった。

私は、自分に自信が無いので、
「会う時は、そちらの あいてる暇な時間に 会って下さいょ」
 と思っていたが、
その人は わざわざ 仕事を休んで、
丸一日、私の滋賀県めぐりのガイドをしてくれる という。

そこまで好待遇をしてくれると、恐縮してしまうが、
その気持ちに上手く答えるために、
「その人の善意に 思いっ切り 甘えよう。
   全て任せよう。 頼りまくろう!」 そう思った。

JR舞子駅から電車に乗り、
待ち合わせ場所の大津駅へは かなりの距離がある。

途中、電車内で、
「今、電車に乗った」 「今日の私の服装は黄緑色のジャンパー」
など、カタコトのケータイメールを打った。

約2時間かけて JR大津駅に到着。
改札口の所で、手を挙げて 私を待ってる人がいる。
私の滋賀の友人である。

こうして、男2人の滋賀の旅が始まった。

このような巡り合わせができたのも、
全て ODNフォーラムのチカラ  である。




近江八幡の どこだったかの お寺
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左義長(さぎちょう)祭の 左義長を・・・ 私は人名だと思ってたワイ
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滋賀・石山寺
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09・『登らぬ者たち』

滋賀観光の まず一発目に、彦根城に行く。
彦根城の天守閣は国宝に指定されてるから 特に有名である。

「どこら辺が 国の宝なのか?」
それは、彦根城の天守閣が
日本でも数少ない『現存12天守』の一つであり、
江戸時代(もしくはそれ以前)に建てられた天守閣で
今も 昔の姿のまま(修復を重ねながら)、
残っているのは 彦根城を含め日本に12カ所しかない。

で、国宝・彦根城 天守閣・・・
我々2人、登ってない。

天守閣の入り口に行列ができていて、
「30分待ち」の表示もあったので、
めんどくさくなって 登る気がなくなった。

わざわざ時間をかけて待って、
行列のままゾロゾロと歩かされて見学しても、
なんの感動も無さそうだし。

代わりに 櫓(やぐら)のほうには 2カ所 入った。
こっちは あまり混雑してなくて ゆっくり見れて、
少しの間、大昔の気分に浸れた。

個人的な考えとして、私は、
「彦根城の魅力は 天守閣ではなく 城全体にあった」と思う。

彦根城は 小高い山の上に建っている。
ふもとの入り口から 石段のある長い坂道を登っていっても、
すぐには天守閣に辿り着かない。

この城に攻め込んできた敵は かなり苦戦するだろう。
そして現代、観光客も ちょっと疲れちゃう。
正直な話、高齢の人・足の悪い人が
この城の天守閣に登るには かなり苦戦するだろう。

天守閣を見て、帰りの道は 裏のほうへ降りていったが、
これも かなりのピクニック・コースだった。

天守閣の話ばかりしてしまったが、
彦根城は小高い山の上に建ってるので、
周辺を見回すと さすがに景色がいい。
大きな琵琶湖を見下ろすことができる。



天守閣
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庭園から見た彦根城
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お城の裏の山道
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10・『近江商人の生き方』

それまで 滋賀県を知らなかった私は、
「滋賀」と言えば『琵琶湖』を思い浮かべ、
滋賀の旧国名「近江」と聞けば『近江商人』を連想する。

関西人の明るくて元気な人柄は、
その昔 大阪に たくさん入って来た近江商人に由来する、
と 聞いたことがる。

今回の旅行、「近江商人・発祥の地」に行ってみたくなった。

『近江八幡(おうみはちまん)』は
保存地区として、古い街並みを残す観光名所である。

「観光」と言っても、私は『街並みが見たい』、ただ それだけ。
街並みを見るには、そこを歩けばいい。

「商人の町」は
もっと煩雑で 賑やかで 商魂たくましい人の町かと思ったら、
すごく上品。
どこかの武家屋敷の近辺を歩いているかのような静寂さもあった。

出世できないダメダメ人間を指す言葉に
「うだつがあがらない」というのがあるが、
その語源の『うだつ』は、
近江の特殊な建築方法の『屋根の飾り』のことである。
立派な家には うだつが上がってる。

それと近江八幡の街並みの名物は「見越しの松」。
これは 商人の家の庭に植えられてる松の木だが、
道を歩いている通行人に よく見えるよう、外側に向けて植えられている。


「商人」と言うと・・・
へりくだって、ゴマすって、商売をしてるように感じるが、
「近江商人」は きっちり 商売をやる一方で、
見栄やプライドをかなり重んじていたのかも知れない。

「売り手よし、買い手よし、世間よし」の
『三方よし』を信条としたのが 近江商人である。





「うだつ」
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町並み
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水郷の町でもある
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